2019-12-10

理由 (01-0002-001)

ある日突然、精神に大きな沼地ができて、私の存在はその中に沈んでいった。私はあらん限りの力を振り絞って抵抗したが、沼地の泥濘の力には及ばなかった。私の存在は泥濘に包まれ、呼吸もできなくなった。
――死に神が私の前にも現れたのだ。
私は私という存在があっけなく壊れることを身をもって悟った。悲鳴を上げることもできず、助けを求めることももうできない。
泥濘は私の存在を完全に包み込んだ。泥濘はすっぽりと私の存在の覆い、形を知ったのだ。私は泥濘によって存在の形を定義されたのだ。
私は沼の底に沈み込んでいった。呼吸はできないままだから、もはや死んでいるのと変わらない状態だ。音のない世界に闇の中にじゅくじゅくとした感触と重圧だけがあった。
私はそれまでぼんやりと捉えていた自身の定義を思い出そうとしていた。
――自我、女、金、愛、憎しみ。
それらは五十になった私にはわかりやすいものだった。だが、わかっているからといって制御できるわけではなかった。
私はあらゆる未来を閉ざされてしまった。目も耳も口も泥濘に塞がれて、感覚はなくなった。思考だけが闇と静寂の中で研ぎ澄まされていった。

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